響き方

小さくて、おじいちゃんがかくあぐらの中に
すっぽりと収まっていた頃は、
おじいちゃんが食後にウィスキーを飲むのを、
下からよく眺めてた。
たまにわたしに向かって
にっこりと話しかけるおじいちゃんからは、
ウィスキーに混じって
あたたかいレモンの匂いがした。
よく魚釣りをして
新鮮なイカを釣ってきてくれたそんな彼は、
本当にウィスキーが大好きだった。



大人になってから、大学の頃に、大好きでいつも一緒にいた
ドイツ製のおもちゃ箱のようにわくわくする
賢くてやんちゃな遊び心の塊だった男の子には、
初めてジャズの良さや美味しいものの嗜み方を教わった。
それから7年ほど後に出会う村上春樹の紀行
『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』に出てくる
アイラ島産のシングルモルトスコッチの
Laphroaig(ラフロイグ)も、彼を通して知った。



初めてラフロイグを口にした時はただ、
その匂いがあまりにもスモーキーで、
クレゾールのような病院くささすら感じられる強烈な感じで
脳天を射るような感覚に閉口した。


ただそれはその瞬間に、良くも悪くも
忘れもしない味になった。





年月を経て、かれこれ5年以上を共に過ごすイタリア人のシェフである彼とたくさんの上質なワインや食べ物を食すようになってから、ワインや食べ物のあり方というものを自然と理解できるようになった。


ワインに関しては、全て同じような味にしか感じなかったところから、ワインメーカーの顔や雰囲気、ぶどうの品種や生産方位まではなんとなく言い当てられるくらいまでになった。
食べ物について言えば、体が素材の品質を見分けるリトマス紙になった。
安い素材や人工的な添加物を取り込めば、落ち込んだり、疲れたりするし、逆に丹精込めてつくられた素材を取り込めば、幸福な気分になったり、元気がでるということに気づくようになった。


体に直接取り込んで、血となり肉となるものだから、いいお酒や食べ物に使う金額は惜しまないようにしている。今となっては、昔拒んだアイラ島のシングルモルトウィスキーも、敬意と愉しみをもって選ぶ品のひとつとなっている。

もちろん、一つの理由としては
村上春樹さんが書いた本の
シングルモルトに対するロマンチシズムへの憧れがあるし、
おじいちゃんを思い出すようなノスタルジーもあると思うが、
多分時を経て、自分の舌が
表層の味の根本となる
作り手の心を感ずることに
とても敏感になったことがあると思う。


わたしは昔から、静かに一つのことに向かう寡黙な職人気質の人間に憧れる傾向があるので、厳しい気候の中でウィスキー作りに生涯をかけるような人間には無条件に惚れてしまう。


機会があればウィスキーを飲む人にも、そうでない人にも、春樹さんの『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』を読んでいただきたい。
読み返すたびに心が、凍えるような曇り空のアイラ島に旅をする。その中にはとてもあたたかくて深いシングルモルトの味わいと、それらを生む男たちのまっすぐな心が描かれている。





寒さが増すとそんな世界を思いながら、ロウソクの灯りに照らされるくらいの部屋の中で、静かな空間を紡げる誰かと、深くて心に染み込むような時間を共有したいと思う。ことばを交わさなくとも、グラスの中で揺れる黄金の魔法を介して。

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ『海辺の僧侶』(1808-1810)

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ『海辺の僧侶』(1808-1810)

そんなことを考えながら、ベアとジャーリーの一編を描いた。春樹さんの本へのオマージュ。



上等なウィスキーのように、深く心に染みるようなものを作る術を身に付けたい。少なくともわたしは、そんな瞬間をイメージしながら絵を描き続けている。


ベアとジャーリーの静かな時間を覗いてください
『深い場所』


CHEERS :-)
ANNA

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